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奇襲(きしゅう, surprise)

奇襲(きしゅう, surprise)は、敵の予期しない時期・場所・方法により組織的な攻撃を加えることにより、敵を混乱させて反撃の猶予を与えない攻撃方法をいう。敵の混乱に乗じて、士気を減衰させ、より大きな損害を与えることが期待できる。厳密には、「奇襲」は全く敵の不意をつく攻撃であり、「強襲」(assault)とは陣地や要塞で防御を固めた敵に対する圧倒的な戦力を用いた攻撃であり、「急襲」(raid, sudden attack)とは不意をつきつつの迅速かつ大規模な攻撃であり、これらは類似概念として区別される。

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戦略的な奇襲は、戦争が始まるような関係ではなかった、政治的なチャネルが継続している、宣戦布告がないといった、防御側が開戦を十分に予想していなかった状況で、一方的に開始される戦闘行為である。

戦争の開始には、部隊の動員と集結、補給物資の調達など、数か月の準備期間を要する。こうした動きは敵側も容易に察知できるため、戦略的な奇襲は、防御側の無知や怠慢といった状況がなければ成り立ちにくい。例えばナチス・ドイツのソ連侵攻(バルバロッサ作戦、1941年6月22日)の際は、ソ連の情報機関がドイツ軍の動向を察知していたにもかかわらず、スターリンはこれをドイツとソ連とを戦わせるためのイギリスの謀略であると考えて、情報を故意に握り潰したとされている。

戦略的な奇襲は、卑怯、不名誉なものとされ否定的な文脈で扱われることもある。そのため、いくつかの奇襲と呼ばれた戦いは、国際法上合法であるかないかや、秘められた意図や思惑の有無などにわたって、史学上もしくは巷間の論争の的となることがある。有名な事例は真珠湾攻撃(1941年12月8日)であろう。日本海軍の機動部隊は、ハワイにいるアメリカ太平洋艦隊を空襲した。この攻撃は、連合艦隊司令長官山本五十六が、アメリカ太平洋艦隊を撃滅するとともにアメリカ国民の戦意を沮喪させ、出来るだけ短期に戦争を終わらせる目的で行ったものであるが、最後通牒がワシントンにある日本大使館員の職務怠慢で遅れ、真珠湾攻撃1時間後になるというハプニングによって、逆にアメリカ国民の戦意を煽ってしまったと言われる。

他の事例としては、カルタゴのハンニバル・バルカによる第二次ポエニ戦争の開始(紀元前219年)や、ナチス・ドイツおよびソ連軍によるポーランド侵攻(1939年9月1日)があげられる。

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2009年04月27日 09:16に投稿されたエントリーのページです。

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